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歴史と物語

日本一の高さを誇る石垣と、江戸時代から現存する天守を擁する丸亀城。その高石垣を上った三の丸に、昭和初期から静かに時を刻み続ける一棟があります。

昭和8年(1933)、丸亀を訪れる賓客を迎えるために建てられた迎賓館「延寿閣」。その貴賓室として誕生したのが、現在の「延寿閣別館」です。

かつて丸亀藩を治めた京極家の記憶を受け継ぎ、東京・麻布から丸亀へ。時代と場所を越えて守られてきたこの建築には、城下町・丸亀が紡いできた歴史が今も息づいています。

登録有形文化財(建造物)
「延寿閣別館」

延寿閣別館は、昭和8年(1933)、丸亀城内三の丸に迎賓館「延寿閣」の貴賓室として建設されました 。その名称は、かつて丸亀藩6代藩主・京極高朗の隠居部屋の呼び名に由来しています 。整備にあたり、東京麻布にあった京極高修子爵の邸宅の一部を譲り受け、この地へと移築されました。

かつて迎賓用や市民の文化活動の場として愛された本館は昭和60年に解体されましたが、この別館は大切に保存され、令和6年(2024)から宿泊施設として新たに活用されています 。地方都市に整備された迎賓館の歴史的背景や、子爵家の華美にとらわれない洗練された生活様式を今に伝える、丸亀の誇りそのものです。

文化財の意匠的な特徴

「延寿閣別館」の空間を形作るのは、厳選された天然の素材と、当時の名工たちが遺した精緻な手仕事です 。華美な装飾を排し、素材そのものが持つ質感や景観との調和を大切にする日本の美意識が、建物の随所に息づいています。

京極家の意匠、
透かし彫り欄間と光の陰翳

西の間と東の間を仕切る障子の上部や、書院の上部に設けられた欄間には、桐などの植物が美しい透かし彫りで表現されています 。また、二間続きの座敷の南側には、下部にガラスを入れた雪見障子が設けられており、障子を閉めても座ったまま外の風景を愉しめる貴賓室としての機能美を備えています 。室内に差し込む柔らかな光と、繊細な建具が織りなす美しい陰翳の中に身を置いて過ごす、文化財建築ならではの豊かなひとときをお愉しみください。

素材が奏でる質感、
屋久杉と欅の温もり

主天井は格式高い二重竿縁天井で構成され、天井板には大変貴重な屋久杉(西の間は5枚割、東の間は6枚割)が用いられています。また、西の間の床の間には欅の床柱と欅の床板が使われ、床脇の天井や東の間の天井には、木目の美しさを際立たせる松材の「浮造り仕上げ」が施されています。素足で触れる桜材の広縁の質感や、釘頭を隠すために随所に配された美しい釘隠しの意匠など、名工たちの細部へのこだわりを肌で感じられます。

自然を美しく切り取る、
広縁からの「眺望」

建物の南側にある、幅約1.08メートルの広縁もまた、この建築の大きな魅力です。改修でガラス戸へと変更された広縁からは、三の丸石垣の南辺という抜群の立地を活かし、丸亀平野の広大な景観を美しく切り取ります。讃岐富士(飯野山)をはじめ、綾歌三山、象頭山、大麻山など、讃岐を象徴する山々の稜線を特等席から一望。室内と外の自然が緩やかに繋がる日本の伝統的な設計により、座っているだけで移ろいゆく原風景を身近に感じることができます。

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文化財の歴史的背景

  • 延寿閣 略年表

    • 1933|昭和8年 迎賓館「延寿閣」が誕生

      丸亀市を施主として建設を開始し、丸亀城三の丸に迎賓館「延寿閣」が完成。
      延寿閣別館には、京極高修子爵の東京・麻布邸の一部を移築。
      同年12月には本館が竣工し、別館はその貴賓室として賓客を迎える場所となりました。

    • 1985|昭和60年 本館を解体、別館のみが残る

      老朽化により延寿閣本館は解体。
      一方、別館は保存され、その後も会議や茶会、かるた大会など、人々が集う場所として使い続けられました。

    • 2024|令和6年 再び、客人を迎える場所へ

      九十年以上の時を経て、宿泊施設として新たな役割を担うことに。
      かつて迎賓のためにつくられた一棟は、再び人を迎える場所として、その歴史を紡ぎ始めました。

城内に生まれた
客人を迎える館

昭和初期、丸亀城三の丸に、賓客を迎えるための迎賓館をつくる計画が動き始めました。昭和8年(1933)に完成した「延寿閣」。その名は、丸亀藩6代藩主・京極高朗の隠居部屋「延寿閣」に由来します。

藩政の時代を終えた後も、かつてこの地を治めた京極家の記憶を受け継ぎながら、新たな時代の客人を迎える場所として誕生しました。その中でも、特別な客人を迎える貴賓室として設えられたのが、現在の延寿閣別館です。

京極家の記憶を、
受け継ぐ建築

延寿閣の整備にあたり、京極家の当主・京極高修子爵が東京・麻布に構えていた邸宅の一部が譲られ、丸亀へと移されました。その建築を受け継ぎ、貴賓室として設えられたのが延寿閣別館です。

江戸から明治、大正、昭和へ。
大名家から華族へ。
そして、東京・麻布から、かつて一族が治めた丸亀へ。時代と土地を越えて受け継がれた建築が、京極家と丸亀の長い結びつきを今に伝えています。

現在も館内には、旧京極家の邸宅から受け継がれた建具や部材が随所に残されています。その素材や意匠を間近に眺めながら過ごせることも、この場所に泊まる魅力のひとつです。

受け継がれ、
再び客人を迎える場所へ

昭和60年(1985)、老朽化により延寿閣本館は解体されました。その中で、貴賓室として建てられた別館だけは三の丸に残され、その後も会議や茶会、かるた大会など、人々が集う場所として使われながら時を重ねてきました。

そして令和6年(2024)。延寿閣別館は、再び客人がその中で時間を過ごす宿として、新たな歩みを始めます。文化財をただ保存するのではなく、人が使い続けることで、次の時代へと受け継いでいく。かつて賓客を迎えるためにつくられた一棟で、今度は自らが客人となり、夜を過ごし、朝を迎える。

九十年以上の時を経て、延寿閣別館はもう一度、人を迎える場所へ。それが、現在の「丸亀城 延寿閣別館 Kazeno Heritage」です。

歴史を知り、
その中で過ごす

延寿閣別館には、東京・麻布の京極家邸宅から受け継がれた建具や部材、当時の職人たちの手仕事が、今も随所に残されています。

ただ眺めるのではなく、その座敷に身を置き、障子を開け、光や風の移ろいを感じながら一夜を過ごす。
歴史を「知る」ことと、その中で「過ごす」ことがひとつになる。

延寿閣別館だからこそ叶う、文化財との向き合い方です。
受け継がれてきた座敷や銘木、繊細な意匠、そして三の丸からの眺望。
実際にご滞在いただく空間について、詳しくご紹介します。

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